ブログとどう生きたいのか。大学院生時代にたてた仮説

私は、父がサラリーマン家庭という普通の家庭に育ち、まわりで独立などしている人はいない。

そして、決して、私自身、才能があるわけではない。

でも、会社をやめ、独立して、5年目に突入している。

全ては、ブログやホームページのおかげだと思っている。

大学院生の時、ちょうど、Twitterが流行し始め、私もとても、ハマった。

研究としては、SNSの学術利用に関する研究をしていたが、
ビジネスとして、どうSNSを活用すれば、成功できるのかと、ずっと考えていた。

論文などを読んでいくと、弱いつながりが実は重要であるという論文に行き着いた。

身近な親戚よりも、数年に1度しか会わない人のほうがいい情報をくれたり、
友達の友達が実はキーパーソンだったりする。

弱いつながりを作ると、成功すると仮説をたて、ブログやツイッターにどんどん書き込んだ。
毎日ブログを書いたり、ツイッターは数分に1度つぶやくなんて、事もしていた。

そうこうしているうちに、ブログやツイッターで、たくさんの人に知り合う事ができた。
今振り返ると、びっくりで、社会人の時よりも、名刺をたくさんもらっていた。

とはいえ、思い出せる人は、その中の本当に一握りなのだけれども。

そこで、出会った人が、経営者なども多く、私も将来的には、そうなりたいと思った。
単純にお金持ちになりたいというのもあるのだけれども、生き様に惚れたといってもいい。

結局、高校生の時からなりたかった、高校の教員は教員免許をとったものの、Webの世界に魅了され、断念した。

そんな多くの出会いがあって、2013年にサハラ砂漠を走り、その後、会社をやめ、独立した。
そして、ようやく、2017年に再度、アタカマ砂漠を走ることができた。

2013年には、何もなかった。
2017年のアタカマ砂漠を走るときには、大切な家族、妻と子どもがいた。そして、仲間がいた。

そんな事を考えると、弱いつながりを大切に行動してきて、本当によかったと改めて思った。

アタカマ砂漠を走っていて、その間、行動を共にするので、いろいろな話をする。

ふとした一言なのだけれども、頭の中にすごく残っているのが、
「結局はどう生きたいのか」という一言。

どうすれば、稼げるのだろうとか、どうすれば、クライアントに貢献できるのだろうとか、
すごく重要なのだけれども、私は結局どう生きたいのだろうか。

改めて、考えるきっかけとなった。

何か大きな夢があれば、私自身の力では足りないので、組織を作っていかないといけないし、
組織の一員として、活躍することもできるだろう。

そんな難しい事?を考えていたら、すごく嫌な事がたくさん起きた。
久々に日本に帰ってから、子どもの笑顔を見たら、それだけで癒やされた。

直感を大切にしようと、子どもと妻から学んだ。

今後、ビジネスもマラソンも、ひとまず、目の前の事をやりつつ、次の目標を決めていこうと思う。

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